ボノボ ― 性で争いをしずめる類人猿
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ヒトにいちばん近い親戚は誰か、と聞かれたら、多くの方はチンパンジーを思い浮かべるでしょう。実はもう一種、チンパンジーと同じくらいヒトに近い大型のサル(類人猿)がいます。アフリカのコンゴ民主共和国の森だけにすむ、ボノボです。
ボノボは、見た目はチンパンジーによく似ています。でも、社会のしくみはずいぶん違います。とくに有名なのが、性的なふれあいを、あいさつや仲直り、緊張をほぐす手段として使うことです。「けんかの代わりに性で解決する、平和な類人猿」と紹介されることもあります。この記事では、その姿と、最近の研究による見直しを紹介します。
性は「あいさつ」にも「仲直り」にもなる
ボノボの性的なふれあいは、子どもをつくるための交尾だけではありません。オスとメス、メスどうし、オスどうしなど、いろいろな組み合わせで、抱き合う、体をこすり合わせる、上に乗るといった行動が見られます。こうした行動は、食べ物を前に場がぴりぴりしたときや、けんかのあとに多く見られます。動物の行動を研究するフランス・ドゥ・ヴァールさんたちが、長年の観察で明らかにしてきたことです。
コンゴの保護施設「ロラ・ヤ・ボノボ」で、36頭のボノボを観察した研究があります。けんかのあと、まわりのボノボが負けた側に近づいてなぐさめたり、けんかをした本人どうしが仲直りしたりする行動が、年齢や性別に関係なく見られました。そのとき使われていたのが、抱きしめる、さわる、上に乗るといった、親しみのふれあいと性的なふれあいの組み合わせでした(Clay と de Waal, 2013)。この研究で、ボノボが相手の気持ちの動きに反応していることが分かりました。ただし、観察の場は人が管理する保護施設です。親を亡くして保護された個体も多くふくまれていました。そのため、野生のボノボにそのまま当てはまるとは限りません。
血のつながらないメスどうしの強いきずな
サルの仲間(霊長類)の多くでは、生まれた群れに残るのはメスです。メスどうしのきずなは、母や姉妹など、血のつながり(血縁)が中心です。ボノボは逆で、メスがおとなになる前に生まれた群れを出て、よその群れに移ります。つまり、群れの中のメスどうしは、ほとんどが血のつながらない「よそ者どうし」なのです。
それなのに、ボノボのメスどうしは強いきずなを結びます。世界中で人に飼われているボノボ(飼育下のボノボ)の、およそ半分を対象にした研究があります。そこでは、血のつながらないメスどうしが次のようにふるまうことが報告されました。親しい関係を保つ。好物の食べ物をメスどうしで分け合う。緊張をやわらげるために、メスどうしで性的にふれあう。ときには力を合わせてオスに立ち向かう。メスの体の大きさはオスの平均8割ほどですが、力を合わせることで、オスに負けない力を持っていると考えられています(Parish, 1996)。ただし、この研究も飼育下のデータが中心です。
野生でも確かめられた「メスの同盟」
野生ではどうでしょうか。コンゴのコカロポリ保護区で、野生のボノボを調べた研究があります。971回の性的なふれあいを記録したところ、その65%がメスどうしのものでした。メスどうしでふれあったあとは、相手の近くにとどまりやすく、おしっこの中の「オキシトシン」(人と人とのつながりに関わるとされるホルモン)がふえていました。さらに、性的なふれあいが多いペアほど、ほかの個体とのけんかで助け合う回数も多い傾向がありました(Moscovice ら, 2019)。ただし、これは「両方がいっしょに多い」という関係(相関)です。「ふれあいが助け合いを生む」という原因と結果の関係(因果)までは、言い切れません。
日本の研究者も、この分野で大きな役割を果たしてきました。京都大学などのチームが長年調べているコンゴのワンバでは、メスどうしが手を組んで(連合して)オスを攻撃する場面がくわしく調べられています。メスの連合は、すべてオスに向けられたものでした。多くは、オスがメスに乱暴にふるまったあとに起きていました。意外なことに、ふだん性的なふれあいや毛づくろいを多くしているメスどうしが、手を組みやすいわけではありませんでした。目立ったのは、年上のメスが若いメスを助けるという、一方向の形でした(Tokuyama と Furuichi, 2016)。先ほどのコカロポリの研究とは少し違う結果です。群れや調べ方によって見え方が変わることを教えてくれます。
チンパンジーとの違い
チンパンジーの社会では、オスどうしが手を組んで順位を争い、となりの群れと命がけの争いをすることもあります。アフリカ各地の18のチンパンジーの群れと、4つのボノボの群れの記録を、50年分集めた研究があります。チンパンジーでは152件の殺し合い(観察・推定・疑いをふくむ)があったのに、ボノボでは疑わしい例が1件だけでした。研究チームは、この違いは人間による森の破壊などのせいではなく、それぞれの種の生き方の違いで説明できる、と結論づけています(Wilson ら, 2014)。ただ、ボノボの群れは4つと少なく、調べた期間も種によって差があります。比べるときには注意が必要です。
「平和なボノボ」像の見直し
では、ボノボはいつでもおだやかなのでしょうか。2024年に発表された研究は、このイメージに疑問を投げかけました。コカロポリの野生のボノボと、タンザニアのゴンベの野生のチンパンジーを、同じ方法で比べた研究です。すると、オスがかかわる攻撃的な行動は、ボノボのほうが約2.8倍も多かったのです。体がふれる攻撃に限っても、約3倍でした。一方で、予想どおりの違いも確かめられました。オスがメスを攻撃する回数はチンパンジーのほうが多く、ボノボではメスがオスを攻撃する回数が多かったのです。そして両方の種で、攻撃的なオスほど交尾のチャンスが多い傾向がありました(Mouginot ら, 2024)。
ただし、この研究でも、ボノボの攻撃の多くは軽いものです。殺し合いのような激しい争いが少ないことは変わりません。「争いが少ない」というより、「小さな争いは多いけれど、大ごとにならない」と言うほうが近いのかもしれません。比べたのはボノボ3群、チンパンジー2群です。ほかの群れでも同じかどうかは、これからの研究を待つ必要があります。
ボノボを「お手本」にしすぎない
ボノボの話は、「性を楽しむ平和な社会」の象徴として語られることがあります。けれども、ボノボの暮らしを人間の生き方の正解とみなすと、「自然だから正しい」という考え方の落とし穴にはまってしまいます。チンパンジーの争いを見て「人間の暴力は仕方がない」と言うのがまちがいなのと、同じことです。
ボノボから学べるのは、生き物としての幅の広さです。性的なふれあいは、子どもをつくる以外の役割、たとえば安心やつながりのためにも使われることがあるのです。その幅の中で、自分にとって心地よい関わり方を選ぶのは、私たち一人ひとりです。
ヒトへのヒント:ボノボにとって、ふれあいは緊張をほぐし、関係をつなぎ直す手段でもあるようです。人間の場合も、性の役割は子どもをつくることだけではありません。自分の心と体を落ち着かせる一人の時間や、大切な人との安心のためのふれあいまで、人によっていろいろな形があってよいのかもしれません。
参考にした資料
- Clay Z, de Waal FBM(2013)Bonobos respond to distress in others: consolation across the age spectrum. PLoS ONE 8(1): e55206
- Parish AR(1996)Female relationships in bonobos (Pan paniscus): evidence for bonding, cooperation, and female dominance in a male-philopatric species. Human Nature 7: 61–96
- Moscovice LR ら(2019)The cooperative sex: sexual interactions among female bonobos are linked to increases in oxytocin, proximity and coalitions. Hormones and Behavior 116: 104581
- Tokuyama N, Furuichi T(2016)Do friends help each other? Patterns of female coalition formation in wild bonobos at Wamba. Animal Behaviour 119: 27–35
- Wilson ML ら(2014)Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts. Nature 513: 414–417
- Mouginot M, Wilson ML, Desai N, Surbeck M(2024)Differences in expression of male aggression between wild bonobos and chimpanzees. Current Biology 34: 1780–1785