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からだに刻まれた性の歴史

⏱ 読む時間の目安:約7分

化石や古い記録がなくても、生き物の体には手がかりが残っています。ご先祖がどんな相手と、どんなふうに子孫を残してきたか、という手がかりです。体の大きさの男女差、精子をつくる器官(精巣)の大きさ、そして遺伝子。サルの仲間(霊長類)の研究者たちは、こうした「体の証拠」をもとに、ヒトの性の歴史を読みとこうとしてきました。

今回は、ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、テナガザル、そしてヒトを並べて、体に刻まれた性の歴史をのぞいてみます。探偵になったつもりで、お付き合いください。

手がかり1:体の大きさの男女差

サルの仲間では、オスとメスで、体の大きさやきば(犬歯)の大きさが違う種がたくさんあります。この男女差は「性的二型」と呼ばれます。ゴリラやオランウータンでは、オスがメスよりずっと大きく、たくましい体をしています。一方、テナガザルはオスとメスの体つきがほとんど同じです。

この違いは、子どもの残し方(繁殖のしかた)と深く関わっていると考えられています。ゴリラのように、1頭のオスが何頭ものメスと暮らす社会では、オスどうしがメスをめぐって体を張って競います。大きく強いオスほど子孫を残しやすいので、オスの体が大きくなる方向に進化が進みます。反対に、1組のオスとメスがペアで暮らすテナガザルでは、オスどうしの争いが少なめです。そのため男女差も小さくなります。

サルの仲間の男女差の研究を整理した、まとめの論文(総説)があります。そこでは、体の大きさやきばの男女差が、オスどうしの競争の強さとよく結びついていることが確かめられてきた、とまとめています。同時に、注意点も挙げています。男女差はオスの変化だけでなく、メスの変化からも生まれること。そして、化石の男女差だけから、絶滅した種の社会のしくみを細かく言い当てるのは難しいことです(Plavcan, 2001)。ヒトは、ゴリラほどではないものの、平均すると男性のほうがやや大きい、中くらいの男女差の種です。

手がかり2:精巣の大きさ

次の手がかりは、少し意外な場所にあります。精巣の大きさです。1981年、ハーコートさんたちは、サルの仲間のいろいろな種で、体重に対する精巣の重さを比べました。すると、メスが交尾できる時期(発情したとき)に、1頭のメスが何頭ものオスと交尾する種ほど、体の割に精巣が大きいことが分かりました(Harcourt ら, 1981)。

理由はこう考えられています。1頭のメスの体の中で、何頭ものオスの精子が、卵と結びつく(受精する)権利をめぐって競うことがあります。これが、オスどうしの精子の競い合い(精子競争)です。これが起きる種では、たくさんの精子を送りこめるオスが有利になります。その結果、精子をつくる精巣が大きくなる方向に進化が進みます。チンパンジーはまさにこのタイプで、体の割にとても大きな精巣を持っています。一方、ゴリラやオランウータンは、体はとても大きいのに精巣は小さめです。オスどうしの勝負が、交尾の前の「体の争い」でほぼ決まってしまうからだと考えられています。

では、ヒトは? ヒトの精巣は、体の割にゴリラより大きく、チンパンジーよりはずっと小さい、中くらいの位置です。この論文は、精巣の大きさが子どもの残し方を読みとく手がかりになると示した、古典的な研究です。ただ、比べられたのは当時手に入った種のデータで、種ごとに測った数にもばらつきがありました。ヒトが「中くらい」であることが何を意味するのかは、今も議論が続いています。

手がかり3:消えた「とげ」と遺伝子

三つ目の手がかりは、遺伝子の中にあります。チンパンジーやマカク、マウスなど、おっぱいで子を育てる動物(哺乳類)の多くでは、オスの性器(陰茎)の表面に小さな「とげ」があります。つめや毛と同じ成分(ケラチン)でできたとげです。ところがヒトにはないです。

2011年、スタンフォード大学のマクリーンさんたちは、あるDNAの部分(領域)を510か所見つけました。チンパンジーやほかの哺乳類ではよく残っているのに、ヒトでだけ丸ごと消えている部分です。そのうちの一つが、男性ホルモンを受け取るしくみ(アンドロゲン受容体)の遺伝子の近くにある、遺伝子のはたらきを調節する部分でした。マウスを使った実験で、この部分が、陰茎のとげと、顔の感覚毛(ネコのひげのような、さわった感じを知るための太い毛)をつくる場所で遺伝子をはたらかせることが確かめられました。ヒトはこの部分を失い、同時に、陰茎のとげと感覚毛の両方を失っています(McLean ら, 2011)。

論文では、過去の研究にもふれています。サルの仲間では、陰茎の形が単純な種ほどペアで暮らす傾向があること。とげがなくなると交尾の時間が長くなること。そのうえで、この変化がヒトのペアのきずなの進化と関係していたかもしれない、と述べています。ただし、これは遺伝子の変化と体の変化が「対応している」ことを示したものです。とげを失ったことでヒトの行動がどう変わったかを、直接確かめたわけではないです。ひげと同じしくみで消えた、という意外なつながりもふくめて、まだ謎の多い話です。

手がかり4:わかりにくい排卵

多くのサルの仲間のメスは、卵子が出てくる時期(排卵の時期)が近づくと、見た目にもはっきり変化が出ます。おしりのまわりが赤くはれるなどです。チンパンジーはその代表です。ところがヒトでは、排卵の時期が外からほとんど分かりません。これは「隠された排卵」と呼ばれます。なぜそうなったのかについては、大きく二つの説があります。

この問題を、生き物の家系図を使った分析(系統解析)で調べた研究があります。その結果、排卵のサインが消えた出来事の多くは、ペアで暮らさない社会の中で起きていたと推定されました。つまり、始まりとしては「父親あいまい説」のほうが支持されたのです。一方で、ペアで暮らす社会は、排卵のサインがない種から生まれることが多いことも分かりました。「わかりにくい排卵が先にあり、それがペアの暮らしを後押しした」という順番です(Sillén-Tullberg と Møller, 1993)。ただ、この研究は当時の家系図(系統樹)と、排卵のサインの「あり・なし」という大まかな分け方にもとづいています。細かな結論は、新しい家系図で見直す余地があります。

ペアの暮らしはなぜ生まれたのか:割れる答え

ペアで暮らす哺乳類は多くないです。その理由をめぐっては、2013年に大きな研究が二つ、ほぼ同時に発表され、答えが割れました。哺乳類2500種以上を調べた研究は、こう結論づけました。ペアの暮らしは、メスどうしが離れて暮らしていて、オスが何頭ものメスを守りきれない状況で生まれた。オスの子育ては「原因」ではなく「結果」だ、と(Lukas と Clutton-Brock, 2013)。一方、サルの仲間230種を調べた研究は、サルの仲間に限れば、オスによる子殺しの危険が、ペアの暮らしを生んだいちばんの理由だと結論づけました(Opie ら, 2013)。

調べた動物の範囲も、分析の方法も違うので、どちらが正しいとは簡単に言えません。「ヒトはもともと一夫一妻の動物か」という問いに、生き物の学問がきっぱりした答えを出せていないのは、こうした事情があるからです。

体の証拠は「正解」を教えてくれない

体の男女差は中くらい、精巣も中くらい、とげはなく、排卵はわかりにくい。こうした手がかりから、ヒトのご先祖は、ペアのきずなを持ちつつも、それだけではない、ゆるやかな子孫の残し方をしてきたのかもしれない、と考える研究者は多くいます。ただし、体の特徴から昔の暮らしを読むのは、あくまで推理です。

そして、ご先祖がどう暮らしていたかで、私たちが今どう生きるべきかが決まるわけではありません。「ヒトは本来一夫一妻だから」「本来そうではないから」と、進化の話を今の人間関係の良い悪いの根拠にすると、「自然だから正しい」という落とし穴にはまってしまいます。

ヒトへのヒント:私たちの体には、ご先祖たちが選んできたいろいろな生き方の跡が、少しずつ混ざって残っています。ひとつの「本来の姿」を探すより、自分の体と心が今どう感じているかに耳をすませてみましょう。そのほうが、自分に合った性との付き合い方が見えやすくなるかもしれません。

参考にした資料

📜 オナニー道の心得📓 記録アプリ「修行帳」