「スペンス乳腺開発」を調べてみた ― 胸のわきの触れ方と、分かっていること
⏱ 読む時間の目安:約11分
「スペンス乳腺を開発すると、胸だけで感じるようになる」。ネットやアダルト作品のタイトルで、この言葉を見かけた方もいると思います。このコラムでは、スペンス乳腺がどこにあるのかを医学の資料で確かめ、ネットの主張を「研究で分かっていること」と「分かっていないこと」に分けて整理します。最後に、試したい人向けの触れ方と、胸の健康の話をまとめます。
スペンス乳腺とは何か ― 場所と名前の由来
胸のふくらみ(乳房)は、母乳をつくる組織(乳腺)と、それを包む脂肪でできています。医学の教科書によると、乳腺は上下では第2〜第6肋骨のあたり、左右では胸の真ん中の骨のわきから、わきの下の中ほどの線まで広がっています。そして、胸の外側の上のあたりから、わきの下へ向けて乳腺の一部がのびていると説明されています。この部分が「乳腺の腋窩尾部(えきかびぶ)」、英語で Tail of Spence と呼ばれるところです。教科書では、この部分が深い膜を通りぬけて、わきの下の第3肋骨の高さまで入りこむと書かれています(Khan ら, StatPearls)。
名前は、スコットランドの外科医ジェームズ・スペンス(1812〜1882年)に由来します。エディンバラ王立外科医師会の会長もつとめた人で、1871年の著書『外科学講義』の中で、胸からわきへ向かう「尾のような張り出し」にふれたのが始まりとされています(RCSEd; Teplica ら, 2022)。「スペンス乳腺」は日本のネットでの通称です。
乳腺は男女どちらにもあります。ただし女性ではよく発達し、男性ではごく未発達のままだと説明されています(Khan ら, StatPearls)。「男性にもスペンス乳腺がある」という話は、組織としてはまちがいではないものの、女性と同じ量があるわけではないということです。
おもしろいことに、この「尾」の存在そのものに異論もあります。形成外科の医師らは、胸の手術を受けた316人と研究参加者20人の脂肪のつき方を、皮膚をつまんで調べました。その結果、胸からわきへ斜めにつながる「尾」は誰にも見つからず、わきと胸のふくらみは別々だったと報告し、呼び名をやめるよう提案しています(Teplica ら, 2022)。教科書にある名前でも、形には今も議論があるのです。
ネットで言われていること
日本語の記事やブログを10本以上読むと、次のような主張がくり返し出てきました。
- 胸と、わきの境目(いわゆる横乳)にある性感帯で、「胸のGスポット」と呼ばれる
- 最初はくすぐったいだけだが、何度も刺激して「開発」すると心地よくなる
- 開発が進むと、胸への刺激だけで絶頂に届く(「胸イキ」)
- 脂肪が少なく、神経やリンパが集まっているので敏感
- マッサージでバストアップや美肌の効果もある(近くに「天渓」というツボがあるから、など)
- 胸の大きさに関係なく、男性にもある
言葉の出どころは「アダルトビデオ業界から広まった」と説明する記事が複数ありました。体験を書いた記事には、「心地よさはあるが、作品のように達するほどではない」と正直に書いたものもありました。
研究で分かっていること・分かっていないこと
まず、はっきり書いておきます。わきに近い乳腺の部分を「性感帯」として調べた研究は、日本語でも英語でも見つかりませんでした。「神経が集中している」「脂肪が少ないから敏感」という説明も、この部分について確かめた資料は見つかっていません。「開発すると胸だけで達する」という主張にも、研究の裏付けは見つからなかったです。マッサージで胸が大きくなる、という話を確かめた研究も、今回の検索では見つかりませんでした。「Gスポット」というたとえについても、腟の中のGスポットそのものが、研究の見直しでは存在を証明されていないことを添えておきます(Vieira-Baptista ら, 2021)。
一方で、胸に触れられて心地よさを感じる人が多いこと自体は、調査で示されています。性経験のある大学生301人(男性148人、女性153人、ほとんどが18〜22歳)に聞いた調査があります(Levin & Meston, 2006)。
- 女性の81.5%が、乳首や胸への刺激で性的な高まりが起きた、または強まったと答えた
- 女性の59.1%が、相手に乳首への刺激を頼んだことがあった
- 男性では51.7%が、乳首への刺激で高まりが起きた、または強まったと答えた
- 反対に、高まりが下がったと答えたのは、女性7.2%、男性7.5%だった
ただし、聞いたのは「乳首や胸」全体で、わき寄りの場所を分けたものではないです。若い大学生の答えなので、どの年代にも当てはまるとも言えません。
触れ方の速さについては、手がかりになる研究があります。やわらかい筆で腕の皮膚をなでた実験では、1秒に1〜10cmくらいのゆっくりした速さのときに、心地よさを伝える神経がいちばんよく反応し、参加者もいちばん心地よいと答えました(Löken ら, 2009)。腕での実験なので胸にそのまま当てはまるとは限りませんが、「速くこするより、ゆっくりなでる」の目安にはなります。
また、同じ触れ方でも、自分で起こした刺激は、外から来た刺激よりくすぐったさも強さも心地よさも弱く感じられることが、実験で示されています(Blakemore ら, 1999)。「自分で触ると、人に触られるほど感じない」という声は、これで説明できるかもしれません。
試す前の準備
- 手を洗い、爪を短く整える。部屋を暖かくし、仰向けか横向きで肩の力を抜く
- オイルやローションを使う。初めてのものは、腕の内側に少し塗って、赤みやかゆみが出ないか先に確かめる
- 場所を確かめる。腕を少し横に開き、胸のふくらみの外側の縁を指でたどる。縁から斜め上、わきの下のくぼみの手前までが目安になる
- 触るのは反対側の手(右の胸なら左手)にすると、手首が楽で届きやすい
- 生理の前などで胸が張って痛む日は、無理をしない
触れ方の手順:場所・指・向き・強さ・速さ
強さは3段階で考えます。「軽い」は皮膚の表面をすべる程度、「中くらい」は皮膚ごと少し動く程度、「しっかり」は指が少し沈む程度です。この部分では「しっかり」は使わず、「軽い」と「中くらい」だけにします。どの触れ方も、少なくとも1〜2分は続けてから合う・合わないを決めましょう。
- 手のひらでなでる:場所は、胸の外側の縁から、わきのくぼみの手前まで。手のひら全体を当てる。向きは、胸の中心側から外へ、さらに斜め上のわきへ向けて一方向になでる。強さは「軽い」。速さは、10cmほどを2〜3秒かけて。2〜3分続ける
- 指の腹で縁をなぞる:人さし指・中指・薬指の3本をそろえ、腹で胸のふくらみの縁に沿って、下から上へなぞる。1往復に3〜4秒。1〜2分続ける。くすぐったさが強いときは、指を離さずに当てたまま、圧を「中くらい」へ少しだけ上げるか、手のひらに戻す
- 小さな円を描く:中指と薬指の2本の腹で、10円玉から500円玉くらいの円を描く。強さは「軽い」から「中くらい」。1秒に1周より遅く。1か所で30秒ほど続けたら、指1本分ずつ位置をずらし、胸の縁からわきの手前まで順に試す
- 軽く押して離す:指3本の腹を真上から当て、「中くらい」まで押して2秒ほど保ち、ゆっくり離す。位置をずらしながら5〜6か所。押して痛い場所、奥に響くような痛みがある場所は、そこで止めて次へ移る
- 手のひらで包んで揺らす:手のひらを、わき側から胸の外側を包むように当て、上下に1cmほど小さく揺らす。1秒に1〜2回。指先より刺激が広く散るので、くすぐったさが苦手な人に向く
1回は合計10分ほどから始めましょう。何も感じない日があってもおかしくないです。変えるのは一度に1つだけにすると、何が合ったのか分かりやすくなります。
乳首への刺激と組み合わせる流れ
外側から内側へ、少しずつ近づけていく流れの例です。
- 0〜3分:呼吸を整え、手のひらで胸全体と、胸の外側からわきの手前までをなでる
- 3〜8分:上の手順から1〜2つを選び、胸の外側を続ける
- 8〜12分:なでる範囲を、胸の外側から乳輪のまわりへ広げる。乳首に触れるときは、指にローションを足し、指の腹で軽く円を描くか、軽くはさむ程度にする
- 12分以降:片方の手で胸の外側をなで続けながら、もう片方の手で乳首に触れる。慣れてきたら、性器への刺激とも組み合わせる
途中で高まりが下がったら、胸の外側に戻ってかまいません。時間は目安のひとつです。
経験者のあいだで語られている工夫
ここからは研究ではなく、体験を書いた記事やブログで、いくつもの書き手が共通して挙げていた工夫です。合うかどうかは、試して確かめてください。
- くすぐったいのは出発点:最初はくすぐったいだけ、という声がほとんどです。一度で決めず、日を分けて何回か試した、という書き手が多くいました。ただし「くすぐったいまま変わらなかった」という人もいます
- 気分が高まってから触る:ふだんはくすぐったいだけでも、気分が高まっているときは心地よく感じた、という声があります。いきなりここから始めず、ほかの場所で高まってから触れる人が多いようです
- 押して「奥にじんわり来る所」を探す:縁のあちこちを軽く押し、表面ではなく胸の奥に響くように感じる所を探す、というやり方です。場所は人によってずれるので、決まった一点にこだわらない
- 単独より組み合わせ:この部分だけでは物足りなくても、乳首や性器への刺激と同時だと感じ方が変わった、という体験が多く見られました
体験談には、強い力で長くもみ続ける、わきのくぼみに指を深く押しこむ、といった方法も見かけます。あざや痛みのもとになりうるので避けましょう。強く押すと痛みやすい、という注意はほぼすべての記事にありました。
安全と健康:わきのリンパ節と、胸の変化のサイン
わきの下のくぼみには、リンパ液の関所(リンパ節)が集まっています。乳がんが最初に広がりやすいのも、このわきのリンパ節だと医療機関は説明しています。また、胸の外側の上の部分は乳腺が多く、乳がんが多く見つかる場所でもあります(みちした乳腺クリニック)。くぼみの奥を強く押したり、ぐりぐりもみほぐしたりするのは避けましょう。
触っていて、次のような変化に気づいたら、次の検診を待たずに乳腺外科などの医療機関で相談しましょう(日本乳癌学会;国立がん研究センター;金沢医療センター)。
- 胸やわきの下のしこり
- 皮膚のくぼみや、ひきつれ
- 乳首からの分泌物(とくに血がまじるもの)
- 乳首や乳輪のただれ、なかなか治らない湿疹
- 左右の胸の形の、新しい違い
良性の病気のことも多いものの、触っただけでは区別できないので、自己判断せずに受診しましょう(日本乳癌学会)。男性でも、胸やわきのしこりが続くときは同じように相談しましょう。
日本乳癌学会などは「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」を勧めています。4つのポイントは、自分の乳房の状態を知る、乳房の変化に気をつける、変化に気づいたらすぐ医師に相談する、40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける、です。しこりを探そうと身構えず、「いつもと変わりがないかな」という気持ちで、入浴や着替えのときに見て触れればよいとされています(日本乳癌学会, ブレスト・アウェアネス)。胸の外側に触れる時間は、「いつもの状態」を知るきっかけにもなります。
修行のお題 胸の外側からわきの手前まで、「手のひらでなでる」と「小さな円を描く」を、軽い強さで2分ずつ試してみましょう。終わったら、「心地よい・くすぐったい・何も感じない」の3つのうち、どれに近かったかをメモしておきます。あわせて、ふだんの胸の張りや手ざわりも覚えておきましょう。
スペンス乳腺の「開発」で必ず感じるようになる、決まった日数で変わる、といった研究の裏付けは見つかっていません。痛み、あざ、皮膚の赤みやかゆみが出たら中止してください。しこり、皮膚のひきつれ、乳首からの分泌物などに気づいたときは、乳腺外科で相談しましょう。
参考にした資料
- Khan YS, Fakoya AO, Sajjad H(2025更新)Anatomy, Thorax: Mammary Gland. StatPearls(NCBI Bookshelf)
- Teplica D ら(2022)There is No "Axillary Tail": Rethinking the Assumption of James Spence. Plastic and Reconstructive Surgery Global Open 10(2)
- Royal College of Surgeons of Edinburgh: James Spence (1812–1882)
- Levin R, Meston C(2006)Nipple/Breast Stimulation and Sexual Arousal in Young Men and Women. Journal of Sexual Medicine 3
- Löken LS, Wessberg J, Morrison I, McGlone F, Olausson H(2009)Coding of pleasant touch by unmyelinated afferents in humans. Nature Neuroscience 12(5)
- Blakemore SJ, Frith CD, Wolpert DM(1999)Spatio-temporal prediction modulates the perception of self-produced stimuli. Journal of Cognitive Neuroscience 11(5)
- Vieira-Baptista P, Lima-Silva J, Preti M, Xavier J, Vendeira P, Stockdale CK(2021)G-spot: Fact or Fiction?: A Systematic Review. Sexual Medicine
- 日本乳癌学会ほか:ブレスト・アウェアネス 乳房を意識する生活習慣(パンフレット、厚生労働科学研究費補助金による)
- 日本乳癌学会:患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 Q4 乳房の症状,病気にはどのようなものがありますか
- 国立がん研究センター がん情報サービス:乳がん
- 国立病院機構 金沢医療センター:乳がんの症状と診断
- みちした乳腺クリニック:乳房の解剖